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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(あ)344号 決定

本店所在地

滋賀県蒲生郡竜王町大字山之上三三三三番地

山之上製茶有限会社

右代表者代表取締役

谷口寛

本籍・住居

滋賀県蒲生郡竜王町大字山之上三三三三番地

会社役員

谷口寛

昭和八年九月一六日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、昭和五六年一月二三日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し被告人らから上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人両名の弁護人大槻龍馬、同水野武夫、同田原睦夫の上告趣意第一点は、判例違反をいうが、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余の点は、憲法三一条、三九条違反をいう点を含め、実質はすべて単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 環昌一 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己 裁判官 寺田治郎)

○ 昭和五六年(あ)第三四四号

上告趣意書

法人税法違反 被告人 山之上製茶有限会社

同 谷口寛

右両名に対する頭書被告事件につき、昭和五六年一月二三日、大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、上告を申し立てた理由は左記のとおりである。

昭和五六年四月一八日

弁護人弁護士 大槻龍馬

同 水野武夫

同 田原睦夫

最高裁判所第三小法廷

御中

第一点 原判決は、最高裁判所の判例と相反する判断をしたものであるから、破棄せられるべきである。

一、租税ほ脱事件においては、各勘定科目の内容が訴因の内容をなすものであることは、最高裁昭和四〇年一二月二四日決定(刑集一九・九・八二七)が判示するところである。すなわち、右決定は、「第一審判決は、本件ほ脱所得の内容として、検察官の主張しなかった仮払金一七五万円、貸付金五万円を新たに認定し、また、検察官の主張した借入金七五万円を削除して認定しており、原判決は、訴因変更手続を経由することなく右のごとく認定した第一審判決が違法であるとはいえないと判示しているが、かような認定は、被告人側の防禦に実資的な不利益を与えることもありうるのであるから、訴因変更の手続を要するものというべく、これに反する第一、二審判決は、訴訟法の解釈適用を誤ったものといわなければならない」と判示している。そして、右決定は、「法人税ほ脱罪における訴因とは何かということに関しては直接には判示していないけれども、検察官の冒頭陳述によって具体化された個々のほ脱所得の内容もまた訴因をなすとの見解を肯定し、これを前提として判断していることは、判文上明らかである」とされているのである(最判解説刑事篇昭和四〇年度二五二頁)。

二、ところで、本件第一審において、検察官は、本社新築記念セールの韓国旅行招待費用の支出のうち、随行の社員の旅行費用を差し引いた残額五、七五二、二二八円が交際費にあたると主張していた。したがって、社員分の旅費が交際費にあたらないことは争いがなく、その点は全く争点になっていなかったのである。ちなみに、被告会社は本件査察後、税務署の指導により査察結果に基づいて修正申告をしたが、それによっても社員分の旅費は交際費ではなく経費として認容されているのである。ところが、第一審判決は、検察官が主張せず、また、全く争点になっていなかった従業員の旅費について、何ら訴因変更手続を経ることなく、これを交際費と認定し、ほ脱税額の計算をしているのである(第一審判決別表7)。

三、この点について、原判決は、弁護人主張の右事実を認めながら、「本件の場合、損金不算入の対象となる所論の費用について増額認定しても、検察官の主張した他の勘定科目の金額に増減が生じていることとの関連上、被告会社の実際所得金額に増加をもたらさないことが明らかであるから、被告人側の防禦に実質的な不利益を与えるおそれはなく、訴因変更の手続を経る必要をみなかったものである」と判示している(原判決七丁裏)。右判示の趣旨は必らずしも明確ではないが、他の勘定科目の金額の増減の結果、最終的に計算された所得金額が検察官主張の所得金額を超えない限り訴因変更手続は不必要だとする趣旨だと解される。

四、しかしながら、最終的に計算された所得金額が検察官の主張する所得金額以下でありさえすればよいというのでは、被告人の防禦権は全うしえないことは明らかである。ただし、租税ほ脱事件においては、検察官の主張する勘定科目の各金額のうち、争いのあるもののみが争点として整理され、その存否をめぐって双方の立証が尽されたうえ最終的に裁判所の判断が行われるのが通例なのであり(現に本件についても、第一審において、六回にわたって準備手続が行われ、争点の整理が行われたのである)、争点になっていないのに、検察官が主張していない勘定科目を裁判所が勝手に認定したり、検察官が主張している金額と異なる金額を認定したりして被告人に不利な判断を行ったのでは、被告人にとって全く不意打ちであり、その防禦の機会を奪うことになるからである。それだからこそ、前記の最高裁決定は、検察官の主張しない勘定科目を新たに認定したり、検察官が主張する金額と異なる金額を認定して被告人に不利益な判断をする場合には訴因変更手続を要するものと判示し、最高裁調査官による解説も、検察官の冒頭陳述によって具体化された個々のほ脱所得の内容が訴因をなすとの見解を前提にするものとしているのである。

五、ところが原判決は、前記のように、検察官が冒頭陳述で明らかにした勘定科目を訴因とは見ない見解に立ったうえ、最終的に計算された所得金額が検察官主張の所得金額を超えなければ個々の勘定科目の金額については検察官の主張と離れて自由に認定してよいとの判断を示しているのであって、これが前記最高裁決定の趣旨に反する判断をなしたものであることは明らかなのである。

六、ちなみに、原判決は、前記最高裁決定は本件とは事案を異にするとし、その理由として、〈1〉前記最高裁決定は検察官の主張しなかった資産に属する勘定科目を新たに加え、また、検察官の主張した負債に属する勘定科目を削除するような場合には、訴因変更の手続を必要とするとしたものであること、〈2〉右判例の事案では、そのような勘定科目の設定と削除によって被告会社の実際所得金額に増加を来す場合であったこと、を掲げている。しかし、〈1〉については、勘定科目の設定といい、削除といっても結局は異なる金額の認定をすることと同じであって(例えば検察官は負債の金額を一〇万円と主張するのに対して裁判所がその金額を五万円と認定する場合とゼロと認定する場合とでは、被告人の防禦という点から実質的な差異はない)、事案を異にするという理由とはならない。〈2〉についても、前記最判解説からも明らかなように、右最高裁決定は個々の勘定科目の認定を問題としているのであり最終的に計算された所得金額を問題にしているのではないのであるから、事案を異にするという理由とはいいえないのである。

七、以上のとおり、原判決が前記最高裁決定の趣旨に相反する判断を示したものであることは明らかであるから、この点において破棄を免れない。

第二点 原判決は、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

一、第一審判決は、訴因第三について、次のとおり検察官が主張したほ脱所得金額等を超える認定をした。

(検察官) (原判決)

所得金額 一〇三、五六九、四一七円 一一六、三二四、六九六円

法人税額 三九、一一六、〇〇〇円 四四、二一八、〇三八円

ほ脱税額 二二、二三七、六〇〇円 二七、三三九、六三八円

いうまでもなく、法人税ほ脱事案においては、各事業年度のほ脱がそれぞれ一個の公訴事実であり、それぞれの公訴事実は、ほ脱所得金額やほ脱法人税額等を訴因として特定しなければならない。したがって、ある事業年度のほ脱所得金額等について裁判所が検察官の主張した金額を超える認定をするためには、訴因変更手続を要するものである。ところが、第一審判決は、何ら右手続を経ることなく、右のように検察官主張の金額を超えるほ脱所得金額等を認定したのである。

二、この点について、原判決は、「(イ)昭和四九年五月期における被告会社の実際所得金額につき検察官主張のそれよりも少額に、すなわち被告人側に利益に認定したこと、(ロ)その当然の帰結として、昭和五〇年五月期のほ脱所得のうち損金科目である未納事業税につき検察官主張のそれよりも一、三〇八、九六〇円少額に、すなわち被告人側に不利益に認定する結果を来したこと、(ハ)右(イ)のとおり、昭和四九年五月期のほ脱所得のうち益金科目である期末棚卸につき一二、一六四、四一五円減額し、その分だけ被告人側に利益に認定したため、逆に昭和五〇年五月期のほ脱所得のうち損金科目である期首棚卸につき検察官主張のそれよりも右と同額だけ少額に、すなわち被告人側に不利益に認定する結果を来したこと、(ニ)昭和五〇年五月期のその余のほ脱所得金額について、検察官主張のそれよりも、損金科目である減価償却費につき一〇三円、交際費等の損金算入につき二三二、八六〇円それぞれ減額し、その分だけ被告人側に不利益に認定したが、益金科目である売上につき三一五、六〇〇円減額したほか、寄付金支出前の所得金額が結局は増額になる結果、同じく損金科目である寄付金の損金不算入につき一六一、四五九円減額し、その分だけ被告人側に利益に認定したため、その限りではほ脱所得金額は検察官主張のそれよりも少額にとどまるものの、右(ロ)、(ハ)のとおり、損金科目である未納事業税につき一、三〇八、九六〇円、期首棚卸につき一二、一六四、四一五円それぞれ減額になったことにより、結局、昭和五〇年五月期における被告会社の実際所得金額については検察官主張のそれよりも多額に、すなわち被告人側に不利益に認定する結果を来したこと、によるものである。」(原判決五丁)としたうえ、「このように、継続した二年度の各法人税ほ脱罪が共通して審判の対象となっている場合において、検察官の主張した前期における個々の勘定科目につき金額の増減が争われ、それが認容されることにより当期におけるほ脱税額の増加を来すことが予測されるときはその増加分を認定するについて、被告人側の防禦に実質的な不利益を与えるおそれはなく、訴因変更の手続を経る必要はない。」(原判決七丁)と判示しているのである。

三、しかしながら、たとえ前事業年度の勘定科目の増減の結果、当然に当該事業年度の勘定科目の増減を招来する場合であっても、各事業年度ごとに各一罪が成立するものである以上、当該事業年度のほ脱所得金額が検察官主張の金額を超える場合には、被告人に不利益な認定をするのであるから、訴因変更手続を要するものというべきである。

四、更に、原判決の判示するように、仮に、未納事業税や期首棚卸のように、前事業年度の勘定科目の増減の結果当然に当該事業年度の勘定科目の増減を招来するような場合には、それが被告人に不利益な認定となる場合であっても訴因変更の手続を要しないと解するとしても、本件においては、原判決も判示するように、減価償却費及び交際費の損金算入については、被告人に不利益な認定をしている。これらの勘定科目は、右のように前事業年度の右各勘定科目の増減の結果当然に当該事業年度で増減を招来するというものではない。したがって、原判決の右の立場を前提としても、少なくとも右各勘定科目に関しては、被告人側の防禦に実質的な不利益を与えるおそれがあり、訴因変更手続を要するものであるから、この手続を履践しなかった第一審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があるものというべきである。

五、ところが、前記のとおり第一審判決には訴訟手続の法令違反はないとして、被告人の控訴を棄却した原判決はこれを破棄しなければ著しく正義に反するものである。

第三点 原判決は、憲法三一条・三九条に違反し、判決に影響を及ぼすべき法令の違反及び重大な事実の誤認があり破棄しなければ著しく正義に反する。

一、被告会社はかねて、所轄近江八幡税務署長より青色申告の承認を受けていたものであるが、昭和五一年三月二五日、同税務署長より、法人税法一二七条一項三号に定める取消事由により、昭和四七年六月一日開始事業年度分以降の青色申告の承認を取り消され、そのため次のように青色特典を喪失しその取消益がさかのぼって計上され、課税標準に加えられた。

訴因第一関係

価格変動準備金繰入額 一、〇六九、八八〇円

減価償却費 三、七六三、三七六円

合計 四、八三三、二五六円

訴因第二関係

価格変動準備金繰入額 一、〇九九、〇〇〇円

同 戻入額 △一、〇六九、八八〇円

減価償却費 三、五四二、七三六円

合計 三、五七一、八五六円

訴因第三関係

価格変動準備金繰入額 一、一九〇、〇〇〇円

同 戻入額 △一、〇九九、〇〇〇円

減価償却費 △一、八九一、九〇八円

合計 △一、八〇〇、九〇八円

そして検察官は、右の訴因第一ないし第三の合計六、七〇四、二〇四円に及ぶいわゆる取消益を犯則所得と主張し、それによる法人税額の増加分をほ脱税額に算入している。

二、弁護人らは第一審において青色申告承認取消によるいわゆる取消益については、ほ脱所得額に算入すべきではないと主張したが、これに対し第一審判決は次のような判断を示した。

本件の如く、法人の代表者が、その法人の法人税を免れる目的で、売上の一部除外、架空仕入、棚卸除外などによりその帳簿書類に取引の一部を隠ぺい又は仮装記載するなどして、所得を過少に申告するほ脱行為は青色申告承認の制度とは根本的に相容れないものであるから、或る事業年度の法人税額についてほ脱行為をする以上、当該事業年度の確定申告にあたってはもはや青色申告の承認を受けたものとしての税法上の特典を享受する余地はないのであり、しかもほ脱行為の結果として後に青色申告の承認を取り消されるのであろうことは行為時において当然認識できることなのである。従って、青色申告の承認を受けた法人の代表者が或る事業年度において法人税を免れるためほ脱行為をし、その後その事業年度に遡ってその承認を取り消された場合におけるその事業年度のほ脱税額は、青色申告の承認がないものとして計算した法人税法七四条一項二号に規定する法人税額から申告にかかる法人税額を差し引いた額であるとするのが確定した判例の見解であり(昭和四九年九月二〇日第二小法廷判決、刑集二八巻六号)当裁判所も右見解を正当と考える。

ところで、弁護人は、確定申告にかかる法人税ほ脱の罪は偽りその他不正の行為により納付すべき税額を申告納付しないで納付の期限を経過したときに成立するものであり、しかして犯罪の成否及び犯罪の量(ほ脱税額)は、右時点における納付すべき税額と確定申告にかかる税額との差額によってきまるものであり、従って確定申告後右承認が取消された結果価格変動準備金などの損金計上が否認され、これに応じて所得額が増加し、従って税額もまた増加したとしても、そのことは法人税のほ脱という犯罪の成否又はその分量を過去に遡って左右すべきものではなく、単なる徴税上の問題に過ぎないと主張する。しかし青色申告承認の取消処分なるものは厳格な要件審査の後にはじめて許される処分であって、通常その処分はその納期を経過した後に行われ、しかもその不正の申告をした年度まで遡ってその効果を生ずるものと法定されているものであって、前示見解のもとにおいて、享受するに由なき特典を行使して過少申告した点を含めてそのほ脱行為と青色申告承認の取消処分に基づく効果との間には明らかに刑法上の因果関係が認められるのであって、その犯罪の結果の大小(分量)は既遂に達した時点において確定していなくてはならないものではなく、裁判時を基準としてその行為と因果関係が認められる範囲で認定するものと解すべきであるから、本件のいわゆる青色申告取消益はほ脱税額の対象になると考えるべきである。

三、弁護人は、原審において、第一審判決の右判示は法令の解釈適用を誤るものである旨主張したが、原判決は左のとおり判示して弁護人の主張を排斥した。

青色申告の承認を受けた法人の代表者等が法人税を免れるためほ脱行為をした場合においては、事柄の性質上、その結果としてその後その事業年度に遡って青色申告の承認を取り消されるであろうことは行為時において行為者の当然予見できることなのであるから、右ほ脱行為と青色申告承認の取消の効果発生との間に因果関係があるものと認むべきであり、そうだとすると、青色申告承認の取消にもとづく価格変動準備金などの所得増加分の税額については、青色申告の承認がなかったものとし、これらもほ脱税額に算入されるものと解するのが相当である。そしてまた、青色申告承認の取消の効果が発生するのは取消時であって、法人税法一二七条一項が承認取消の遡及的効果を認めたのは、同条項後段から明らかなとおり、ほ脱税額の計算方法としてであるから(最高裁判所昭和四七年(あ)第一三四四号同四九年九月二〇日第二小法廷・刑集二八巻六号二九一頁参照)、所論のようにほ脱税額が犯罪の既遂の時点に遡って増大するとみるべきものではない。なお、所論は、青色申告承認の取消にもとづく増差税額につき被告人谷口のほ脱の故意の有無を云々するけれども、法人税を免れる意図のもとに本件のようなほ脱行為に出た以上、所論の点は問題とすべき余地がない。

四、しかしながら、原判決並びに第一審判決は、以下に述べるとおり明らかに法律の解釈適用を誤るものである。

(一) 青色申告の制度は、一定の帳簿の記録を備えた納税者に対しては、青色の申告用紙を使用する申告を認め、この青色申告者に対しては、その帳簿記載を調査し、これに誤りがある場合に限り更正することにし、かつ推計課税を認めないこと、更にこの青色申告を助長するために、所得計算上必要経費に算入できる引当金準備金・特別償却金等を認め、青色申告でない申告、いわゆる白色申告をする者に対してはこれを認めないこととするシヤウプ勧告によって創設されたものである。而して法人税法一二七条一項による青色申告承認の取消は、所轄税務署長による裁量処分に属し、この処分には、他の行政処分の場合と異なり特に遡及効を認められているが、その理由は、青色申告者が仮装隠蔽行為をなした場合にはその更正にあたって前記のような煩瑣な青色申告者に対する更正の特例に従うことができないので、遡ってその承認を取消すことによって白色申告に引き戻し、簡略な白色申告者に対する更正手続で処理できるよう配慮したことに存する。

而して右取消処分によって青色申告者は単に前記青色申告者に対する特典のすべてを遡って喪失するばかりでなく、過去において青色申告者の義務としてなした帳簿書類の整理保存等の負担行為は全く無に帰してしまうのであるのであるから、その処分は懲罰的内容をも包含しており行政上の処分としての範囲で十分に目的に達しているのである。従ってその処分の効力は特別の立法措置を講じないかぎり罪体を遡及して拡張したり、既遂罪の構成要件に予備未遂などをも含めたりするなど刑事の実体法や手続法の規定にまで影響を及ぼすことはあり得ないのである。

青色申告承認の取消が裁量処分であって、覊束処分でないことは同じ取消事由がありながら右処分を受けた者と受けない者との間に著しい不公平があるばかりでなく、取消を受けた者の特典喪失分がいわゆる犯則所得と認められることになればその不公平は一層著しいことになる。

(二) 法人税法一五九条一項は偽りその他不正の行為により各所定の法人税の額につき法人税を免れたことをもって犯罪の構成要件とするものである。

而して第一審判決は、訴因第一につき昭和四八年七月三一日、訴因第二につき同四九年七月二七月、訴因第三につき同五〇年七月三一日をもってそれぞれ犯罪成立の時期としているのである。

ところで、右各犯罪成立の時点では、法人税の額の中には、青色申告承認取消による特典喪失分は存在していないので、この分に対する租税債権に対する侵害の余地はないのである。

なるほど後日青色申告の承認を取消されるような行為については、多くは未必の故意の存在が認められ、その危険性は十分に看取し得るところではあるが、法人税法一五九条一項は犯罪の既遂だけを処罰の対象とするものであって予備罪や未遂罪の処罰を規定しているものではないから右法条の解釈によれば、犯罪の既遂の時点とされている納期の時点においては存在せず、その後に発生したいわゆる取消益を犯則所得として取扱うことは許されない。

前記昭和四九年九月二〇日の最高裁第二小法廷判決は、「法人の代表者が(中略)……行為時において当然認識できることである」という前提が存すれば「青色申告の承認を受けた法人の(中略)……法人税額を差引いた額であると解すべきである。」という後段の結論が必然的帰結となるがごとく解しているが、その論理には飛躍があり前述の理由よりして誤ったものというべく、行為の危険性に重点をおくあまり立法の不備を解釈によって補わんとするものである。

即ち、憲法三一条に違反して法人税法一五九条一項が既遂罪のみの規定であるのに予備罪・未遂罪をも含むと拡張解釈してこれを適用し、憲法三九条に違反して、法人税法一二七条一項が規定する青色申告承認取消処分の遡及効は単に課税上のものであるのに刑事手続にもその効力が及ぶものと解釈してこれを適用しているのである。

右最高裁判決を踏襲した原判決は、同様の誤りを犯しているわけである。

(三) この点については間接税関係ではすでに立法上次のような配慮がなされているのである。

即ち物品税法四四条一項一号は「偽りその他不正の行為により物品税を免れ、又は免れようとした者。」、酒税法五五条一項一号は「偽りその他不正の行為によって酒税を免れ、又は免れようとした者。」、入場税法二五条一項一号の「偽りその他不正の行為によって入場税を免かれ、又は免かれようとした者。」、印紙税法二二条一項一号は「偽りその他不正の行為により印紙税を免れ、又は免れようとした者。」、関税法一〇九条二項は「前項の罪を犯す目的をもってその予備をした者、又は同項の犯罪の実行に着手してこれを遂げない者についても同項の例による。」、同法一一〇条三項は「前二項の罪を犯す目的をもってその予備をした者、又はこれらの項の犯罪の実行に着手しこれを遂げない者についてもこれらの項の例による」、同法一一一条二項は「前項の罪を犯す目的をもってその予備をした者又は同項の犯罪の実行に着手してこれを遂げない者についても同項の例による。」とそれぞれ規定を設けているのである。

法人税法一五九条一項の規定にはかかる内容のものは存しないのであるから原判決のような拡張解釈は到底許されない。

(四) 被告人谷口寛は、四七才の今日まで前科前歴は全くなく真剣に人生を生き抜いて来た誠実そのものともいうべき実業家であって、小なりと雖も従業員約二四〇名を抱える被告会社の代表取締役として事業の社会性を認識し、その自覚のもとに日夜真摯に事業と取組んでいるものであり、本件不正行為の主たる内容は棚卸除外・売上の繰延等、近い将来必ず被告会社の所得に変化計上される性質のものばかりで他のほ脱事犯のように所得を終始根底から秘匿するような悪質なものではないため、青色申告承認取消益が犯則所得にあたるとの主張に対しては第一、二審を通じ、裁判所の判断に深い関心を抱き、適正にして懇切な判断を期待していたものであるが、その判旨にはどうしても納得できず本件上告申立に及んだのである。

以上の理由により、原判決を破棄し、さらに相当の判断を仰ぐ次第である。

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